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[ あの人は、今 ]

伊藤忠社員の
過去と現在

石井敬太/細辻享子

どんな小さな仕事も大きな仕事も、その先の未来につながっている。数年後ではなく、20 年、30 年後のあなたにはどんな成長が待っているのか。どんな活躍が待っているのか。今回お話を伺うのは、数十年前の会社案内にご登場いただいた二人。当時 20 代、30 代だった「あの人」に、伊藤忠での半生を振り返ってもらった。

石井 敬太 ~Since 1983~

20 代の頃は
好奇心旺盛な青年でした。
今は、部門長として
伊藤忠の未来を担っています。

~Since 1983~

Q
伊藤忠に入社して何を成し遂げたかったですか?
A
当時は 20 代でしたから、「社会に大きなインパクトを与えるような派手な仕事がしたい」「幅広い事業を手掛ける商社で、色彩豊かな人生を送りたい」と考えていました。数十年前の会社案内の取材でも「白いキャンバスに絵を描くように、私は人生を描いてみたいんです。そのとき、絵の具の数は多い方がいい」と語ったように、仕事一辺倒ではなく様々な経験を積むなかで成長したいという好奇心は人一倍強かったように思います。
Q
30 代はどのような仕事をされていましたか?
A
1995 年からアメリカのヒューストンに駐在。合成繊維や合成樹脂の原料の輸出入、液体化学品の貿易等の営業に加え、日系化学メーカーの生産事業計画の準備業務を担当していました。5 年間の米国駐在は、外国から日本を見る機会として非常に有意義でありました。商習慣や経営手法の違いや現地従業員との意思疎通の取り方等のほか人生観、家族観、ワーク・ライフバランスの考え方など大きく違う異文化に触れることが本当に楽しかったと記憶しています。入社当時の「色彩豊かな経験をしたい」という想いを具現化したような時期でした。ただ、その一方で日本式の“会社型人間”と米国式の会社とプライベートの切り分け方の違いに悩まされた時期でもありました。
Q
印象深い仕事について教えてください。
A
働き方、考え方が大きく変わったという意味では、組織長を任された瞬間が一番印象に残っていますね。当時、担当していた組織は取引環境の変化に対応できず苦しい状況にありました。なんとかチームを導いて復活させなければと躍起になって働き、何とか V 次回復基調に乗せることができたのですが、このときに痛感したのは“リーダーとしての責任感”と“組織員との連帯感”が、組織躍進の原動力であることです。組織長の肩には会社の期待と同時にメンバーの将来もかかっていますし、その時には「将来は JAZZ BAR を開きたい」という夢など忘れて必死に会社の為に働いていました。
Q
現在の仕事、スタンスについてお伺いできますか?
A
現在、私は執行役員、部門長として「化学品部門で業界 No.1 になる」というミッションを推進しています。日々、様々な施策について知恵を絞っているのですが、一番大切にしているのは「次世代の伊藤忠、後輩たちに何を残せるか」ということ。社員全員が自由闊達に個性を発揮しながら貪欲に“稼げるビジネス”に挑戦してゆく雰囲気を生みだしていく。そんな組織や環境をつくりたいと思っていますし、我々も先輩方から受け継いできたように、後継者たちが「先輩がいたから今がある。」と思えるようなカンパニーを築いてければと考えています。
Q
過去の自分にメッセージをお願いします。
A
「頼まれたことを、ひとつひとつ丁寧にやれ」。その一言に尽きますね。若いときは目立つ仕事や派手な仕事ばかりに注目していましたし、「もっと派手で大きなプロジェクトに関わりたい」と思うこともありました。しかし、どんなにスケールの大きなプロジェクトも、小さな努力の積み重ねによってしか生まれません。たとえ、意義を見いだせなかったとしても、上司やリーダーから任されたことは責任感を持って全力でやりきる。若いうちは、そのことに集中すべきだと伝えたいですね。

~Since 2014~

CAREER STEP

1983 年有機化学品第一部基礎原料課
1996 年伊藤忠インターナショナル会社 化学品・エネルギー部門 (ヒューストン駐在)
2004 年有機化学品第一部長
2009 年伊藤忠ケミカルフロンティア (株) 出向 (取締役常務執行役員) (東京駐在)
2010 年インドシナ支配人 (バンコック駐在)
2014 年 執行役員、化学品部門長に就任

細辻 享子 ~Since 1989~

あなたの価値は何か。
変化の激しい時代だからこそ、
次世代の主役たちに
その言葉を贈りたい。

~Since 1989~

Q
伊藤忠に入社して何を成し遂げたかったですか?
A
自分の限界を決めずに、自分の道を切り拓いていく。今思えば、そんなプロフェッショナルになりたかったのかもしれません。伊藤忠で働く大学の先輩から「自分が止まればビジネスが止まる」「仕事は与えられるものではなく、自分でつくるもの」という話を聞いて心が躍りましたし、どんなに調べても全貌がつかめない“広範囲でダイナミックな仕事”に好奇心を強く刺激されたんです。私は女性雇用の第一号でしたが、気づくと「やってみてダメなら別の道を考えればいい」と伊藤忠に飛び込んでいました。
Q
20 代はどのような仕事をされていましたか?
A
入社後は、物流システムや人事システムの開発を担当。当時は OS や E メールも無いような時代でしたから、現在よりも複雑な言語を使ってプログラミングに励んでいました。当時は「1 分たりとも時間をムダにしたくない」と考えていたこともあり、寝る間を惜しんで仕事、遊びに全力投球していましたね。スポーツが好きだったので、時間を見つけてはスキーやウィンドサーフィンに出かけていました。
Q
印象深い仕事について教えてください。
A
一番印象に残っているのは、インターネット事業の企画を任されたこと。当時の私が求められていたのは、IT を使って何をクリエイトできるか。20 代の頃は「与えられた仕事に全力で向き合う」というスタンスだったのですが、30 代になって突然“オリジナリティのあるビジネス”を生むことが求められるようになったんです。この仕事を通じて自分にしかできない企画とは何か、自分の価値とは何かを考えるようになりましたし、一人のプロとして“真似できない強み”を築くことの重要性を身を持って知ることになりました。
Q
現在の仕事、スタンスについてお伺いできますか?
A
現在、私はエキサイト株式会社で、人事総務や経営企画など職能全般を統括しています。今は 20 代、30 代が代表を務める IT 企業もありますし、次世代の主役となれるよう若手をいち早く育てることが自分の使命だと考えています。IT 黎明期には数多のビジネスが生まれ、姿を消していきましたが、今の時代は変化が激しく常に進化していかなければ事業も人も生き残ってはいけません。「昨日よりも成長しているか」「今日、あなたが提供できる価値は何か」。かつての自分に問うように、私は次の世代に警鐘を鳴らしています。
Q
過去の自分にメッセージをお願いします。
A
「継続は力なり」という言葉を贈りたいと思います。私はシステム、インターネット、人事と職務が変わっていくなかで、たくさんの出会いと別れを経験してきました。しかし、そのすべては決して“断絶”されたものではなく、必ず何かしらのかたちでつながり化学変化を起こしてきたのです。仕事が変わるたびに、人と出会うたびに、私は新しい視点を吸収し、新しい価値を発揮できるようになっていきました。継続は力なり。アドバイスとしてではなく、応援歌としてこのメッセージを贈りたいと思います。

~Since 2014~

CAREER STEP

1989 年情報システム開発部管理情報システム開発チーム
1993 年海外実務研修生 (ロンドン)
1996 年エヌ・ティ・ティ情報開発 (株) 出向
2000 年インフォ・アベニュー (株) 出向
2002 年(株) ファミマ・ドット・コム出向
2006 年伊藤忠人事サービス (株) 出向
2009 年情報通信・航空電子経営企画部
2014 年 エキサイト (株) 出向