自分の仕事で、
世の中を少しでも
良くしていく。
わたしの使命

実は商社で働く今の自分の姿は、学生時代にはまったく想像がつきませんでした。国際金融のゼミに所属していたため、金融や保険業界を志望する仲間が多く、私もそのうちの一人でした。しかし就職活動をはじめてから、このままだと一つの業界しか知らず、視野の狭いまま社会に出ることになることを危惧し、伊藤忠のセミナーに参加しました。自分の仕事を熱く語る若手社員の話を聞いたとき、私の価値観は大きく変わりました。その方は日本のファミリーレストランやファーストフードショップで提供される肉を供給するために、世界中を駆け回って仕事をしていました。熱のこもったその話を目の当たりにしたとき、惹きつけられている自分がいたのです。目に見えないサービスを扱うよりも、その商品を自分の手にとって、それで社会を動かす実感のある仕事がしたい。一度そう考えはじめると、もう止まりませんでした。ハートの熱い人たちの中で自分も成長したいと思うようになり、最初に心を動かされた伊藤忠に入社しました。
6 年目になって石炭部に異動。そこで鉄鋼会社向けモンゴル炭の販売を担当することになりました。日本に輸入される石炭はほとんどがオーストラリアやインドネシアで生産され、当時、モンゴルからの輸入量は殆どゼロでした。ただ調査の結果、質のいい石炭が眠っていることが伊藤忠は分かっていました。そこで私は取引を拡大するという使命を持ち、交渉を重ね続け、成約。しかし、いざ輸入をするといったときに、想像もつかないトラブルに見舞われました。私たちは輸入の手段として中国を経由するルートを持っていました。しかし、船が出るといった段階になっても、中国の鉄道輸送に時間が掛かり、石炭が港に来ない。ようやく石炭が港に届いたとしても、今度は輸出許可が下りない、といったトラブルが次々と起こるのです。計算通りに全く進まない。毎日胃が痛くなる日々を過ごしました。この石炭が日本に届かなければ、お客様に迷惑を掛けることになる。それだけは決してあってはならないこと。中国の港で泥臭い交渉を何度も行った結果、何とか届けることに至りました。自分の仕事一つが、日本への資源供給の重要な一部を担っている。商社という仕事の意義を感じた瞬間でした。

今の私の仕事は、化学・セメント製造会社向けに発電用、セメント原料の一般炭 (燃料炭) を販売しており、日々需要家と石炭生産会社と交渉をしております。しかし、ただ両方の要望だけを聞いて伝えるだけの、メッセンジャーの働きしかできなければ、そこに私たちの存在価値はないと思っています。例えば商社の収益だけを考えたとき、1 t でも多く石炭を売ることができれば 1 番ベストです。しかし、それが商社の仕事としてベストかどうかは分かりません。「1 t でも多く売りたい」という私たちの想いと、安定的な供給を可能とする石炭生産者、そしてクライアントすべてが Win-Win になるタイミングを見極めていく。何か困難な交渉ごとになったとしても、新しい方法を創造し、クライアントに提案していく。これは商社だからこそ出来る仕事だと私は思っています。これからも自分の存在価値、そして伊藤忠の存在価値を常に意識しながら仕事をしていきたい。世の中の動きと色んな人の想いや考えに流されるのではなく、自分の意志を仕事の真ん中に置いていくことが大事だと思います。私たちにはまだまだできることがある。日本への石炭の安定供給という使命のために、これからも世界中を駆け回っていきます。
| 2006 年 | 食料カンパニーで畜産品の受渡・営業を担当 |
|---|---|
| 2009 年 | 伊藤忠豪州会社 (シドニー) で実務研修 |
| 2010 年 | 食料カンパニーで畜産品の営業を担当 |
| 2011 年 ~ | 金属カンパニーに異動。石炭の営業を担当 |

基本、週末は家族 (妻と 3 歳、1 歳の子供) と過ごしますが、カンパニー、先輩後輩の枠を超えて結成された草野球チーム「青山パイレーツ」に所属し、妻の許可を取りながら野球も楽しんでいます。

立石 純一
石炭部
石炭販売第一課
早稲田大学卒業。31 歳。2006 年入社。食料カンパニー畜産部畜産第二課に配属。その後、シドニーの伊藤忠豪州会社での実務研修を経て、2011 年に金属・エネルギーカンパニーへ。現在は石炭部石炭販売第一課で化学・セメント製造会社向け一般炭の販売を担当している。
