[ Project of Dole ]
食料カンパニー
吉田利弘×今井裕美

2012 年 9 月。米国カリフォルニア州で調印式が開かれた。Dole Food Co. がアジア事業部門の譲渡に最終合意したのだ。伊藤忠は 16.85 億ドルもの巨額を投入し、アジア全域における青果物事業、グローバル市場における加工食品事業を獲得。世界 90 ヵ国以上でビジネスを展開する Dole ブランドの一部を引き継ぎ、史上初となる“生産者の顔を持つ商社”としてのスタートを切ることとなった。しかし合意はあくまで買収の始まりに過ぎない。そこにはどのような苦悩、どのような挑戦があったのか。当時のプロジェクトチームのメンバーである吉田、今井のもとを訪れ、契約締結から買収実行にいたるまでの物語を追った。

吉田 利弘
Dole International Holdings (株) 出向
(東京駐在)

今井 裕美
Dole International Holdings (株) 出向
(東京駐在)

Dole プロジェクトのメンバーに声がかかったのは、9 月の契約提携直前である。当時、食料事業統括部でプロジェクトの審査を担当していた吉田は、案件の話を聞かされたとき血の気が引いたと言う。「20 年の経験から言って、非常に難易度の高い事案だと思いました。伊藤忠が事業の 100 % を譲り受けるというのはもちろんですが、従来から我々が手を出すのをためらっていた生産サイドに介入していくという決断には本当に驚かされました」。今井も上司からプロジェクトへの参加を打診されたときはまさに青天の霹靂だったと語る。「私は農産部で営業をしていたのですが、まさかこんな大きなプロジェクトが動いているなんて夢にも思っていませんでした。伊藤忠の農産部は商品を輸入して販売するというのが主なビジネスなのですが、今後は自ら生産し、世界中に販売していくスタイルになる。商社の歴史的な一歩に携われることは光栄でしたが、正直不安がなかったわけではありません」。伊藤忠にとっては「グローバル企業経営」「農園管理」「加工食品事業運営」「生鮮ブランディング」など歴史上初の挑戦ばかりである。吉田と今井が緊張感とともに戸惑いを感じたのは当然だった。前例をたどるのではなく、前例をつくるプロジェクト。伊藤忠の新しい歴史が始まった瞬間だった。

吉田の予想は的中した。部分的買収は切り離しに高度な専門知識が必要だったのだ。農産部を中心とした営業部員の他に、財務部や経理部、IT 企画部、食料事業統括部といったセクションからも精鋭が送り出された。しかし、それでも充分ではない。大手コンサルタント会社にも協力を仰ぎ、専門家数名が伊藤忠に派遣されている。今井は主に IT 関連の切り離しを担当した。「Dole のシステムを有償で使用させてもらうのか、ライセンスそのものを買い取るのか。インフラひとつとっても、買収後の運営方法について専門家と何度も議論を重ねました。しかし、私自身にもバックグラウンドがないため、そもそもどんな問題が起こりえるのかを洗い出すことが一番の課題でした」。人事を担当した吉田も前例のない挑戦だからこそ苦労する部分が多かったと言う。「外部コンサルタントの方から今回の案件は最上級難易度だと釘をさされていました。アメリカと日本は根本的に雇用の考え方が異なりますし、人事制度は従業員が力を発揮するための土台。私自身も経験がないうえに、重要度の高いことに挑戦するのですから毎日が勉強の連続でした」。吉田は無力感にさいなまれることも多かったと語る。しかし、時間は限られている。メンバーにかかる緊張感は日増しに強くなっていった。

吉田をはじめプロジェクトメンバーに与えられた期間は半年ほどしかない。その重圧は第三者には推し量れないものがあった。「正直に言えば、同様のケースと比べても驚異的なスピード感だったと思います。加えて新しい事業の構造をつくっていく作業でもありますから、検討や施策の甘えは絶対に許されません」。吉田の言葉に今井も続く。「当時は毎日が時間との戦いでした。迷っている時間すら惜しかった。たとえ自信がなくてもプロジェクトマネージャーに資料を見せる。すぐに判断を仰ぐ。すぐに現地に飛ぶ。そんな慌しい日々の連続でした」。過酷な環境のなかで心が折れそうになったのは一度や二度ではない。しかし、吉田はそのたびに自分の仕事の先にいる Dole 社員のことを思い出しては身体を奮い立たせた。「このプロジェクトの先には 3 万人以上の人々の暮らしがあります。そのことを考えたら、手を抜くことなんてできなかった」。今井も頷きながら、同僚の存在も心の支えになっていたと語ってくれた。「プロジェクトは前例がないことばかり。誰もが壁にぶつかっていました。へこんで、励ましあって、また明日。そんな仲間たちの存在がどんなにありがたかったか」。チームのなかには、誰一人として本気ではない人間はいなかった。全員が全力投球だった。そして 2013 年 4 月 1 日。買収実行の日を迎えた。
株式譲渡実行の当日、盛大なセレモニーが催された。参加者のなかには涙を流す人間もいたと言う。しかし、プロジェクトチームのなかに胸をなでおろした人間はひとりもいなかった。吉田は決意を新たにする。「いいスタートを切るための土台は築けたかもしれませんが、その先にはさらなる難関が待ち受けています。安堵するのはまだ早い」。伊藤忠にとって、Dole の部分的買収はターニングポイントでしかない。最終的な目標は、商社のビジネスモデルを一歩先に進め、生産から販売までを一手に引き受ける世界 No.1 の生鮮食品インテグレーターになることだ。「世界 No.1 という目標を実現できる基盤を形成するには、伊藤忠と Dole 双方のカルチャーを融合し、互いの持ち味を最大限に発揮させることが重要だと思います。」。プロジェクトメンバーは伊藤忠の歴史に名を刻んだ。しかし、現在も前例のない未来への挑戦は続いている。
